個別記事の管理2012-04-13 (Fri)
20120413


こんにちは、マサヤです。

新年度が始まって、何かと忙しいです。
日記を更新できなくて、スイマセン。


今回は、G県の男性からの投稿を載せます。
(いつものように少し手直ししてあります)


今から約30年ほど前の話です。

当時、私は田舎に住んでいました。
夜でも玄関に鍵を掛けなくても大丈夫だというような所です。

私は、中2でオナニーを覚えました。
その当時は、今の様にエロ本なんて簡単に手に入りませんでしたから、週刊ジャンプのパンチラ程度の絵で抜いていました。(笑)
オナニーを覚えてからは、ほぼ毎日していたものです。

中3のある日、SEXをしたくてしたくて堪らなくなりました。(何がキッカケかは覚えていません)
一人、布団に潜って「ウ~~、ウ~~」と唸っていたら、たまたま母が通りかかり心配して聞いて来ました。
私は、最初は「なんでもないよ」と言っていたのですが、結局我慢できずに母に「ヤリたくて仕方がない」と言ったのです。
母は、ビックリした顔をしていました。
その後、何か言っていたのですが、覚えていません。
覚えているのは、「志望の高校に受かったらヤラせてあげる。」と約束をした事です。

それからは、私は必死で勉強をしました。
毎日、決まった時間に机に向かい、休憩時間にはオナニー・・・、そしてまた勉強という毎日を過ごしました。
その甲斐あってか、難関(10人に1人受かる程度)の高校に合格したのです。

中学を卒業して、春休みのある日、私は自分の部屋に居ました。
母が、部屋にやってきて、「これからヤラせてあげるからチンチンを洗ってこい。」と言いました。
父と妹は、どこかに出掛けていて、家には私と母しか居ませんでした。
私は、風呂場に行き、裸になるとチンチンを洗い、母の待つ寝床に向かいました。

その当時は、12畳ほどの和室に家族4人、布団を並べて寝ていました。
田舎なので、家は広かったです。

母は、布団の上に裸で寝転がっていました。
そして股を開いていたので、僕はその前に行きました。
母は、自分でオマンコをイジった後、「さぁ、ココに挿れるのよ。」と教えてくれました。
この言葉だけは、今でも鮮明に覚えています。

私は、母に言われるがままに挿入して、気持ちが良かったまでは覚えています。
・・・が、それ以降は、あまり覚えていないのです。
緊張していたんだと思います。
私の初体験はこの時でしたが、セックスを味わう前に、男になったんだ。という感情の方が大きかったのを覚えています。

その日から、約1週間後には、私は高校に入学し、寮生活が始まりました。
時々、実家に帰りましたが、いつも妹か父が居たので、母とヤル機会はあまり有りませんでした。
それでも、1年に1~2回は、ヤッていました。

私が実家に帰り、母と2人きりになると、
「ヤラせて。」
「チンチンを洗ってきなさい。」
いつものように母は、脚を開いて待っていたので、チンチンを挿入。
腰を振って、10分もしないうちに発射。
そんな感じのセックスでした。

その後、私は大学に進学、私が2年生の時に父が事故で亡くなりました。
妹は働くようになり、他県で一人暮らしを始めました。
実家には、母一人で住むようになりました。

私は、父の葬儀以外は、なにかと忙しく実家に帰ることはありませんでした。
大学生になってからは、母とは一度もヤリませんでした。
女友達も多く、セックスに困る事は無かったからです。

母は、父の遺産が少しあったので、生活に困る事は無かったようです。

父の1周忌に家に帰りました。
私が、大学3年生の時です。

久しぶりに見た母は、少し痩せて覇気がありませんでした。
せっかくなので、私は2~3日家に泊っていく事にしました。
中学まで過ごした自分の部屋なども、すべて昔のままでした。

1周忌の夜、昔の様に和室で布団を敷いて寝ました。
何もかもが懐かしいです。

しかし、昔と違うのは、並んで寝てるのが4人ではなく、母と私の2人だけだと言う事です。
広々として、少し寂しい感じでもありました。

床に入ってしばらくすると、母が布団から出て、私の布団に入ってきました。
「ヨシオ、良いかい。」
私は、少し戸惑いながらも母を招き入れました。
何となく予感(期待?)はしていました。

(これ以降のセリフは、こんな感じの会話をしたと言う程度です。はっきり覚えていない為)

母は、ササっと私の足元に移動すると、私のズボン(パジャマ)とパンツを下げました。
そして、ペニスを手に取り言いました。
「あぁ、ちゃんと皮も剥けたね。 しばらく見ない内に、凄く立派になったわね。」
言うが早いが、母は口一杯に私のペニスを頬張りました。

私は、母の行動に言葉が出ませんでした。
実は、母が私のペニスを咥えたのは、この時が初めてだったのです。
・・・と、言うよりも、母からセックスを求めて来た事自体、初めてなのです。

先ほども書きましたが、今までの母とのセックスは、私が求める→母が股を開いている所へ私が挿入→ひたすら腰を振って発射→終わり。
毎回、こんな感じでした。
愛撫など無かったのです。
私にしてみれば、発射できれば良かった訳で、それ以外の行為は必要無かったのです。

母のフェラは、愛情が感じられるものでした。
愛おしそうに舐めていました。
初めてフェラされ、そして、そんな事をする母を初めて見た私が、興奮しない筈がありません。
私のペニスは、痛いくらいに勃起し反り返りました。

興奮した私は、母のパジャマを剥ぎ取り、部屋の電気を点けました。
母の身体を良く見たかったからです。
母は、昔に比べ痩せたと言っても、胸は豊満でした。
逆にメリハリが出ていて、熟女の色香を漂わせていました。
「ヨシオ・・・、恥ずかしいよ。」
母は、少し恥ずかしそうに胸を隠します。

私は、母の乳首に吸い付くと、赤子の様に吸い続けました。
そして、母の身体の隅々まで、舌で愛撫しました。
オマンコも初めて舐めました。
グロテスクなオマンコのヒダヒダを丁寧に舐め上げました。

母は、身体をクネらせ、声を押し殺しながら「気持ちイイよ。」と言っていました。
私は、我慢できなくなり、母のオマンコにペニスを押し込みました。
懐かしい感触が私のペニスに襲い掛かります。

ペニスを挿入した私を、母は抱き寄せました。
そして、言ったのです。
「ヨシオ・・・、何度も、あんたとセックスしてきたけど、ず~っと母親だという事を忘れなかったよ。 でも・・・、今日からは、女になって良いかい?」
私は最初、この言葉の意味が分からなかった・・・が、すぐに理解した。
「あぁ、良いよ。」

私は、無性に母が愛おしく感じ、ペニスを抜くと、またオマンコにシャブリ付いた。
「お、おふくろっ。」

母も、私のペニスを求め、身体を動かした。
お互いの性器を、鼻息を荒げながら、貪りあった。
「ハァハァ、おふくろぉぉ。。」
「ハァ、ハァ、ハァ、、ヨシオ。 ヨシオぉ。」
長い時間、69の体勢で飽きもしないで舐め合った。

そして、再び母のオマンコにペニスを押し込んだ。
「あぁ、、ぁぁ、、す、すごぉぃ。 凄い、ヨシオぉぉぉ。」
母は、大きなアエギ声をあげた。
こんな声を上げる母を見るのは初めてだった。

私の腕の中には、母親らしい母ではなく、女の母が居た。
私は、初めて女の母を見た。

私がオマンコを突く度に、快感にむせび泣く母が居た。

「お、おふくろ・・・、俺、初めてだよ。 こんなイヤらしい、おふくろを見たのは。」
「ふふっ、お前が大きくなるまで、見せないようにしてたのよ。(笑)」
「これからは、いっぱい見せてくれよ。 なっ。」
「・・・彼女居るんでしょ。」
「い、居るけど。」
ちょっと微妙な空気になった。

「で、でも、、俺、今まで、結構な人数の女性とセックスしたけど、おふくろが初めての女なのは確かだし。彼女が居ても、おふくろとセックスしたいよ。 昔と違って、満足させられるだろうし。」
「ヨシオ・・・、一丁前な事言って・・・、でも嬉しいよ。」
私は、母にキスをした。
キスも初めてだった。
お互いに激しく舌を吸い合い、夢中で舌を絡め合った。

私は、色々な体位で母のオマンコを攻め立てた。
「あぁ~~、凄いぃぃぃ、凄いよ。。ヨシオ。」
母の身体が、こんなにもイヤらしく、そして素晴らしかったなんて知らなかった。
私の攻めに過敏に反応するだけでなく、自らも快感を求めてくる。
私が、今まで経験してきた女性なんて比べものにならなかった。
私は、夢中で母を求めた。

小さい頃、家族4人で仲良く並んで寝てた部屋で・・・、今は、母と2人、身体を重ね快楽を貪り合っている。
寝る前に家族4人で、その日の出来事を話してた部屋は・・・、今は、母の大きなアエギ声が響いている。

2人共、汗びっしょりになる頃には、すべてを曝け出していた。
「あぁぁ、ヨシオのチンポ凄いぃぃよぉ。。すごぉぃぃぃ。」
「どう良いの?」
「大きいのよ、それに硬いっ。 カチカチ。」
「ふふ、おふくろのオマンコも気持ちイイよ。。彼女のオマンコより気持ちイイぃっ。」
「ほ、ホントかぃ? ヨシオ。」
「あぁ、ホントだよ。」
「嬉しいわ、ヨシオ。。もっと、もっと突いてっっ。私のオマンコをグチョグチョにしてぇぇぇぇ。」

家には、だれも邪魔する者は居ないから、2人共我を忘れたように、貪り合った。
「おふくろ・・・、逝きそうだけど、外に出した方が良いよな?」
「中・・・、中で良いよ。」
「い、良いの?」
「ヨシオのを受け止めたいの。中に熱いのを頂戴ぃっ。」
私は、母の希望通り、母をしっかり抱きしめたまま、子宮に精子を吐き出した。
2人共、声にならない声を上げ、絶頂に達した。


そして私が帰るまでの3日間、ヒマがあればセックスしていた。

この、母との本当のセックスが始まった日の事は忘れもしない。
その後のセックスは、うる覚えだが・・・。(笑)

私が社会人になっても、時々セックスはしていた。
私が結婚して子供が出来てからは、それも無くなったが・・・。

そんな母もガンに冒され、先月・・・、父の元に旅立って行った。

今でも時折、この夜の事を思い出しては、オナニーする自分が居る。
いくつになっても母離れ出来ないでいる・・・。(笑)

終わり



動画も少しUPしておきますね。

母との動画です。(編集してあります)

母と関係を持ち始めて、約1~2年ぐらい経った時のです。
確か、日曜日の夕方ぐらいで、壁の向こうの部屋には、ソフトボールで疲れて寝ている父が居た・・・と、思います。
声を出さないように我慢してた母です。

母と 家の部屋でハメ。

月曜日までの期間限定公開です。


さらに投稿動画です。

さっそくワクワクメールの報告が来ました。
近畿地方の20代の男性です。
「マサヤさんの教え通り、40代の女性を狙ってみました。意外と簡単に会えましたよ。ラッキ~
また会う約束もしました。若いチンコが、好きなんだって。www」

投稿12

報告を聞くと僕も嬉しいです。



無料ポイント分だけでも試してみると良いです。
   ↓
ワクワクメール

報告を待ってます。






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No title * by 花屋の息子
livedoorでブログを開設しました。いつまでもマサヤさんの所に居候するのは失礼ですので。とはいえまだ何も書き込んではいないのですが。今後はlivedoorブログのタイトル「母親調教記」、ID「itato61itato61」の方へお越し下さい。マサヤさん、お邪魔いたしました。

No title * by 植木職人
花屋の息子さんへ。 改めて2ちゃんの感想ですが、余りにもひどいですね。最初から息子さんの話しを戯言と決めつけてる輩が多いですね。 1日も早く移った方が良いですよ。それで妊娠させる計画はどうなってますか?

No title * by 花屋の息子
植木職人さん、ありがとうございます。読んでいただいたのですね。私もこちらの方へ移る事を検討しています。

No title * by 植木職人
花屋の息子さんへ。 いっそのこと2ちゃんは止めてfc2ブログに移ったらどうですか? 経過が気になるので早く読みたいのですが。

No title * by 高木啓輔
よ~し、オデもさちちゃんみたいにこのコメント欄でホモダチ申請するどぉ~! マッサヤは仙台! こででどーだっ!

No title * by さち
いつも興奮しながら楽しませてもらっています。申請させてください! マサヤは変態

No title * by 花屋の息子
連日のお詫びです、まさやさんではなくマサヤさんなのですね。失礼しました。

No title * by 花屋の息子
コメント下さった皆様ありがとうございます。これほど暖かいコメントを頂戴出来るとまでは思っていませんでした。まさやさんの真摯な姿勢と皆様の良きマナーを感じます。ただただ感謝いたします。2ちゃんねるの「母親調教妊娠」は精神的時間的に余裕の有る時に書き込もうと思います。ありがとうございました、それではまた。追記ーURLを記載しておきます。

No title * by ベンゲロッブロセンムノヤ
閉口=閉鎖、って何やねん。 読解力を疑うね。

No title * by つうや君
花屋の息子さんへ “閉口”=“閉鎖”と思いましたが、続けておられるのですか?続けておられるんでしたら、URLを掲載して下さい。